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伊藤聡教授が新著『日本像の起源―つくられる〈日本的なるもの〉』を語る
【人文社会科学の書棚から】

 人文社会科学部の学問について、教員の新著に関するインタビューを通じて紹介する不定期配信のシリーズ「人文社会科学の書棚から」。第三弾となる今回は、2021年11月に刊行された『日本像の起源―つくられる〈日本的なるもの〉―』について、著者の人文社会科学部教授伊藤聡先生にうかがいます。インタビュアーは、人文社会科学部教授の高橋修先生(日本古代中世史)です。飛び入りで同教授の井澤耕一先生(中国哲学)にもご参加いただきました。(企画?構成:真人娱乐人文社会科学部

01DSC01832.jpg 伊藤聡教授

―500頁に及ぶ大著ですね。ご出版、おめでとうございます。伊藤先生とは、ほぼ同期の着任、専門分野も近いので、この間も研究成果に学んできました。次々に著書、編著など、研究成果を世に出されていて、とても刺激になります。まずは角川源義賞を受賞された『中世天照大神信仰の研究』(法蔵館、2011年)あたりから本書に繋がる、ご自身の研究の軌跡をご紹介いただけないでしょうか。

伊藤「私は日本思想史が専門で、神道思想、特に中世の神道の研究をしています。これは大学院以来の一貫した研究テーマです。中世神道の文献資料は活字化されていないものが圧倒的に多いので、各地の寺院や図書館などで資料を探索し、書誌を取り撮影?複写するという作業を、継続的に行ってきました。このようにして集積したデータを解読?翻刻し、それらを元に論文を組み立てていくというのが、今も変わらない私の研究のやり方です。『中世天照大神信仰の研究』はそのようにしてできた成果のひとつです。現在も中世神道文献の収集と資料集の作成を続けていて、今年(2021年)7月にも『御流神道』(真福寺善本叢刊〈第三期〉神道篇3、臨川書店)という本を編集?刊行しました。

 中世神道は現在の神道とは違って、仏教や中国思想などと深く結びついていました。ともすると、古代より受け継がれてきた日本固有の信仰とされている神道ですが、実はさまざまな外来の信仰や思想を摂取しながら変化してきました。中世神道の研究は、一般的に信じられている〈日本固有〉という神道イメージに修正を迫るものと考えています。このような問題意識の下、『神道の形成と中世神話』(吉川弘文館、2016年)、『神道の中世―伊勢神宮?吉田神道?中世日本紀』(中央公論新社、2020年)と書き継いで来ました。

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 ただそのいっぽうで、〈日本固有〉であることを求める日本人の強迫的な思いがどこから湧いてくるのかということにも、次第に関心が向くようになりました。これは近現代日本人特有の感情ではありません。古代?中世?近世の人々も、多かれ少なかれ同じような思いに囚われていたのです。今回刊行した本の執筆の動機は、〈日本固有〉であることにこだわる心性を歴史的にたどってみたいと考えたことにあります。

 こういうテーマですから、専門家だけでなく一般読者も視野に入れた本にしたいと思いました。幸い〈選書〉という形式で書くことができて満足しています。ただ、そのいっぽう史資料をちゃんと踏まえたものにもしたいと考えた結果、たくさんの引用から成る本となりました。専門家ではない読者にとって、原典の引用は煩わしく、読み飛ばしてしまうことが多いかもしれません。私にしても専門外の本については同様です。でも、本書のようなテーマの場合、坂口安吾の「日本文化私観」ではありませんが、自説の開陳に終始してしまいがちです。そこで、具体的な歴史史料?文献に即しながら解説していくことが是非必要と考え、このような形になりました。なるべく読みやすいように工夫したつもりですが、うまくいったでしょうか。」

井澤「とてもわかりやすく読めました!史料の丁寧な引用も、たとえ一般向けの書籍であっても、こうあるべきだと思います。伊藤先生の学問に向かう真摯な姿勢、そして誠実なお人柄が、随所によく表れていますね。」

―では次にご著書の内容について、詳しくうかがっていきたいと思います。まず日本の自国意識が中国に対する劣等感に起源するという指摘が、豊富な素材を通して語られます。吉備真備にしても、楊貴妃や徐福にしても、その説話は劣等感の裏返しなんですね。

伊藤「その通りです。歴史を通じて日本は中国の影響を受け続けてきました。日本文化を構成するあらゆるものには、何らかの形で中国文化の影響の痕跡があります。このことは中国への崇拝?大国視として現れますが、同時に文化的〈負債〉=劣等感となって蓄積します。そのような負債感情が、吉備真備や徐福?楊貴妃の説話を生み出したのです。

 真備入唐説話のポイントは、真備が本場中国で、中国的教養によって中国人をやり込める点にあります。現代の小説やマンガに出てくる、世界を舞台に大活躍するスーパー日本人の古典版ですね。また徐福や楊貴妃来日の話は、中国本土で失われた知識や美の結晶が実は日本に残されていた、ということが主題のひとつとなっています。

 ですが、このような説話を構想するだけで、中国への劣等感が克服できるわけではありません。」

02DSC01843-r.jpg 左から井澤教授、高橋教授、伊藤教授

井澤「そこに天竺をもちだして、これと直結しているという論理で劣等感を克服しようとするわけですね。」

伊藤「インド(天竺)が登場するのは、まさにそこにあります。インド大陸の一部が流れてきて日本国になったとか、和語(日本語)は梵語と同質の言語であるとかいうのも、日本をインドと結びつける、あるいは同一視することで、ようやく中国文化に匹敵できると考えたからなのです。

 日本人にとってインドは半ば空想の世界であって、だからこそさまざまに自国の文化と結びつけることができたわけです。ですが、大陸の人々にとってインドは実在する国のひとつでした。そのような意識を日本人が共有できるようになるには、戦国時代まで待たなくてはならなかったのです。」

―そして独自の文字をもたないことは、けっこう決定的ですよね。仮名の発明には非常に重要な意義が与えられることになり、遂には神代文字のような怪しげな話も登場します。

伊藤「古代?中世の日本では、三国世界観といってインド?中国?日本を鼎立させ、あらゆる文物を三国に宛てました。ただ文字に関してのみ、梵字や漢字に対応するものが日本にはなかったのです。これは大きなことでした。固有の文字を持つことは、独立した文化?文明であることの証しです。インドや中国はそれを持っています。でも日本にはありません。この事実は、日本をインド?中国と比肩する独自の文明とみなす三国世界観への根本的疑義を投げかけるものでした。

 漢字以前の文字(神代文字)の探求が、平安時代から始まって、三国世界観が解体した近世、さらには近代まで続くのは、自国の文化?文明の固有性を信じたい人たちの見果てぬ夢だったからでしょう。また、表音文字の仮名を同じく表音文字である梵字と結びつけて、表意文字である漢字と対抗しようとしたのは、このことによって中国文化に対する日本文化の独立性を主張するためだったのです。

 その中にあって本居宣長は、文字を持たないことに日本の固有性の根元を見ようとしたという意味で独特でした。彼は『古事記』という漢字で書かれた文献の一つ一つの文字面(もじづら)の背後に、漢字によって侵される以前の純粋な日本文化が潜んでいると考えたのです。でも実際には、『古事記』の文章は、漢字を音声表記の記号としてのみ使用しているわけではなく、漢文文献の影響を大きく受けています。これまた〈日本固有〉を信じたい一人の夢想でした。」

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―第五章で取り上げられている「武の国」として日本については、私が追いかけている「武士とは何か」というテーマともかかわるので特に真剣に読みました。現代では、しばしば日本人の武的精神を表すように使われる「やまとだましい」や「やまとごころ」が、武士ではなく実は平安貴族のあるべき「人間力」を示していたという指摘は重要だと思いました。

伊藤「「やまとだましい」は、〈日本的なるもの〉の本質を示す象徴的な言葉です。本書では「人間力」と意訳してみましたが、平安時代の「やまとだましい」と「才(ざえ)」との関係は、今日「人間力」を学歴主義?業績主義の対立語として用いることとよく似ています。特に政治の世界で、世襲の二世や三世が学歴エリート出身者に優越するような現状などそっくりですね。

 また、近世では「武の国」という新しい自国像が「やまとだましい」を「勇武」の意味へと変えていきましたが、同時に排外主義のニュアンスも帯びてきました。でもこれは近世以後に特有のものではありません。平安時代の場合も、中国由来の「才」への反発として「やまとだましい」の語が生まれたのでした。いつの時代でも日本は、外来文化を受け入れるとき、最初のうちは忠実に学び取っていきますが、ある段階まで来ると、日本には日本のやり方があるとばかりに、自己流にやり出します。「やまとだましい」というのはそのような心性を表す言葉なのです。」

―ご著書の中では近世の武士道についても相対化されています。戦うことを職能とする武士が、戦わなくてよい時代になって、治者として振る舞う必要から成立したという。軍学も兵法から士法に変質するわけですよね。

伊藤「江戸時代は、武士を「戦う人」としての属性を保ったまま、治者にスライドさせようとした社会でした。本来ならば、他の東アジアの国々のように文民化してしまえばよいはずですが、統治の正当性を軍事的優越に置いていた幕藩体制においては、平和な時代が続いていても、武人であることを否定することはできませんでした。

 「武士」としての特性を残しつつ、中国的な「士大夫」の資格を持たせる道を模索した代表が、軍学者で且つ儒者でもあった山鹿素行でした。素行は武士たちに、武の担い手として農?工?商を威服させると同時に、彼らの道徳的模範たるべしと説きました。これが素行のいう「士道」です。ただ、基本的に暴力を是とする日本の武士に、中国の「士大夫」のような見識?態度を期待するには無理があったので、代わりに彼は日常生活の細部にわたる規律正しい生活を送るよう求めたのです。言ってみれば、一挙手一投足にわたる厳しい校則を課すことで生徒の生活を律しようとするようなものです。こうして生み出された生活態度を以て、民(たみ)の模範としようとしたのです。でも規律の正しさは、道徳とは別のものですよね。」

―最後に伊藤先生の学問観なども、うかがいたいと思います。

井澤「ご著書には、驚くほど多くの文献や史料が丁寧に引用されています。読書する力が、本書のような著作をまとめる原動力になっているように感じますが、いかがですか。」

伊藤「私は学部生のときから濫読の気味があり、今でも興味に任せて専門とは直接関係のない本をよく読みます。元来がそのような読書傾向のある人間なのですが、研究テーマとの関連で言いますと、私の選んだ中世神道という研究対象には、思想史にせよ歴史?文学にせよ、主導する特定の学問分野がなかったことが大きいと思います。

 私は日本思想史の人間ですが、院生のころに日本思想史の学会で、中世神道について発表?報告をしても、ほとんど関心を持たれませんでした。本当にがっかりしました。自分にとって中世神道というテーマは、とても面白いものでしたが、身近な研究仲間を除いて興味を持ってくれる人がいなかったのです。

 そのうち、中世文学研究の人たちと知り合うようになったのですが、彼らは私のしていることに強い関心を示してくれました。実は中世神道については、1980年代以降の中世文学の分野で、「中世日本紀」「中世神話」として研究の俎上に上っていたのです。以後私は、思想史よりも文学方面の人たちとともに研究活動することが多くなりました。さらに歴史学や美術史の研究者とも知り合うようになり、このような人たちと研究会?輪読会や資料調査を重ねるなかで、多分野の方法論や問題意識、それから文献の調べ方、写本?版本の取り扱い方などを学んだし、読むべき本を教えてもらったのです。今回の本の場合、こうした経験が役に立っているような気がします。

 私の院生時代は、電子化されたデータも少なく、SNSを使って検索することもできないので、専ら書物に拠るしかありませんでした。そこで、目録?索引?辞典にはどういうものがあり、こういうことを調べるには、どれから当たればよいかということなど、他分野の人たちを交えた研究会や共同調査の中で学んでいきました。また、始終図書館に籠って何だかんだと調べ物に明け暮れていました。おかげで今では、だいぶ目端が利くようになったと思います。

 もちろん、今では私もSNSを通じた検索システムや、Web上に満載された資料データを日々利用しています。今回の本の執筆に当たっても、以前なら所蔵機関に閲覧に行かなければ見られなかった多くの一次資料が、Webからダウンロードして使えました。まさに隔世の感があります。とはいえ、全ての資料や情報が電子化されているわけではありません。直接出向いて行かなければ手に入らない資料も多いですし、詳細な情報はSNS検索などでは見つかりません。従来の調査法も絶対に必要なのです。高橋さんもそうでしょうが、私たちの世代は両方ともに習熟できて幸運でした。」

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―なるほど。足で稼ぐ技も身につけている、なんとかSNSも使える、それを意識的にアドバンテージにしていくべきですね。

井澤「伊藤先生の読書スタイル、史料探究に対するスタンスがよくわかりました。それは早稲田の東洋哲学で学ばれたこととも関係しますか?」

伊藤「私が所属していた早稲田大学の東洋哲学専攻は、仏教学と中国思想を中心とした研究室でした。日本思想専門で中世神道などをやっている私は、完全にマイノリティだったのですが、仏教と中国思想という、日本の宗教?思想の骨格を成している二つの学問を本格的に学ぶことができたのは、すごくありがたいことでした。特に東洋哲学専攻の演習のほとんどは、漢文文献などを厳格に読み解いていくことでしたので、資料の読解力を身につけるには最適なところでした。ただ、くずし字などはやりませんのでこれは独学でした。」

―次回作への構想も、おもちですよね。ぜひここでお聞かせください?

伊藤「もちろん、私の本領は中世神道資料の文献研究ですので、その方面の作業を今後も続けていきます。現在『寺院文献資料学の新展開』(臨川書店、2019~)というシリーズを研究仲間と編集?刊行していますが、その中に中世神道資料の翻刻や解題を入れていくつもりです。

 そのほかの計画としては、鎌倉時代の天狗=魔の信仰についての本をまとめる予定があります。鎌倉時代の天狗は、今日考えられているような妖怪変化ではなく、死霊の一形態で仏道修行者や天皇?摂関のなれの果てでした。彼らの住む世界は「魔界(魔道)」といって、極楽と地獄の中間にあると信じられました。この中世前期の天狗=魔に焦点を当てた本を来年に書くことを予定しています。

 また、その後には中世神話についてのまとまった通史を書きたいと思います。中世独特の神話記述についての研究は、ここ30年ばかりの間に急速に進展しました。私も長いこと取り組んできたテーマですので、このあたりでまとめるつもりです。できれば再来年あたりに出せたらよいのですが。」

―研究展望も明確で、私もおおいに見習わなければなりません。そろそろお時間になりますが。

井澤「われわれ三人は、研究室も同じ階にあります。同じ人文社会科学部棟3階の住人同士でこうした学術的な議論ができて、今日はとても幸せでした。今後も、またこうした機会を作りましょう!」

―伊藤先生、きょうは歳末のお忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎えください。

(インタビューは、2021年12月16日、人文社会科学部高橋修研究室において)

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書籍情報

  • 伊藤聡『日本像の起源―つくられる〈日本的なるもの〉―』角川選書、2400円+税、2021年11月刊